フエタロさんの日記です。

はてなダイアリーサービス終了に伴い、2019/1/1よりこちらに移転しました。はてダでの更新日数は5625日でした。

はてなダイアラー映画百選

ほしのこえ The voices of a distant star』2002 監督:新海誠
ほしのこえ [DVD]

注意!>2年も前の映画ゆえ、ネタバレとか気にせず書いてるので未見の人は要注意!

2002年2月から始まった、この映画をめぐる一連の騒動からもう2年以上も過ぎたのだと、この文章を書く為に公式サイトや資料を見返して気付いた。
当時の事を知らない人も多いかもしれないので、簡潔に記しておこう。日本ファルコムというPCゲーム会社でOPムービーを製作していた新海誠が、音楽・ヒロインの声以外のほとんど全て(主人公の声までも!!)をたった一人で、自宅のMacで製作したこの映画が、下北沢の小さな短編を専門とする映画館トリウッドで公開するやいなや、ネットを通じて瞬く間に評判が広がり連日満員、千秋楽には終電まで追加上映を行うも入場出来ない人が出る程で、1ヶ月間で劇場動員最多となる3500人弱を記録した。
その後発売されたDVDは発売後瞬く間に初回出荷分を完売、6万本以上の大ヒットを記録し、老舗のアニメ雑誌で巻頭特集が組まれたり評論本が発売されたり遂にはTV放送され多くの人の目に触れる作品となっていった。
数字を見れば分るとおり、劇場公開時よりもその後に目にした人の方が圧倒的に多いのだけど、当時ハリウッドの狭い小屋でラスト間際の主題歌が流れ始めるシーンで涙した僕にとっては紛れも無い劇場映画なので、今回の百選にあえて書かせてもらうことにした。ストーリーは以下の通り。

 2039年、火星に向かった有人探査チームは、タルシス台地のクレーター中に異文明の遺跡を発見するが、突如出現した異生命体に全滅させられてしまう。が、一方でその遺跡から発見された数々のテクノロジーにより、人類の科学水準は一気に半世紀以上の飛躍を遂げる。さらに、太陽系外縁には異生命体(タルシス台地にちなんで「タルシアン」と呼称される)の遺跡と推測されるワープポイント、通称ショートカット・アンカーが発見され、人類は恒星間航行への手段も手に入れることとなった。
 その後、いずこかへ去ったタルシアン調査のために国連宇宙軍戦艦リシテア、レダ、ヒマリア、エララの4隻が建造され、2047年には1000名以上の選抜メンバーによる調査団が組織される。
 関東某県の中学に通う長峰美加子と寺尾昇は同級生。同じ部活で仲の良いふたりだが、中学3年の夏、ミカコは国連軍の選抜メンバーに選ばれたことをノボルに告げる。翌年2047年冬、ミカコは地球を後にし、ノボルは高校に進学する。
 地上と宇宙に離れたミカコとノボルは携帯メールで連絡をとりあうが、リシテア号が木星エウロパ基地を経由して更に太陽系の深淵に向かうにつれて、メールの電波の往復にかかる時間は開いていく。ノボルはミカコからのメールだけを心待ちにしている自身に苛立ちつつも、日常生活を送っていく。やがてリシテア艦隊はワープを行い、ミカコとノボルの時間のズレは決定的なものへとなっていく……
「Other voices-遠い声-」より http://www2.odn.ne.jp/~ccs50140/

ストーリーを順に追って見所を語ってみる。
冒頭、ミカコの『セカイって言葉がある〜』から始まる一連の独白は、本作を象徴す内容であり、携帯電話の繋がる身近な生活空間から突然隔絶した空間に放り出された少女の戸惑いを強く訴える。
転じて、ミカコが旅立つ前のノボルと過ごした最後の日が感傷的なピアノと夕暮れ時の青と茜色の混ざり合った空をバックに描かれる。通いなれたコンビニやバス停で交わされる将来の約束、けれど、夕暮れの空に浮かぶのは恒星間宇宙船の描く飛行機雲。それを見上げてミカコはつぶやく『私ね、あれに乗るんだ』。後半でミカコが焦がれる地球の思い出が描かれる重要なシーン*1では、今までの水彩によるアニメの背景ではありえなかった透明感のある色調が実に素晴らしい。只の踏切やコンビニを描いてこんなにも新鮮で郷愁をそそるなんて!カット割のタイミングと綿密にシンクロさせた劇伴も見事。
その後は火星でロボット兵器の演習中にノボルに携帯メールを打つミカコ、しかも中学の制服のままで!この携帯とロボットというアンバランスな組み合わせがある意味自然に見えるのが不思議というか力技というか。携帯のデザインは当時のモデルを参考にしている為、今ではあまり見ないストレートタイプにモノクロ液晶。液晶画面のリアルな作り込みが心地よい。メカのデザインが近視感を思わせるけど、アクションがかっこいいのでまぁ良し(笑)。
冥王星軌道上での初の異星人との遭遇戦、敵の主力艦隊との衝突を回避すべく急遽ワープを実行を余儀なくされる。ただ一度のワープで二人の時間は1年も離れることになる。さらに8.7光年離れたシリウスへのワープにより決定的に広がる二人の距離。高校生の遠距離恋愛というには余りにも厳しすぎる!同級生の眼鏡っ娘になびくノボルを誰が責められようか(笑)。同様のモチーフのアニメとしては『トップをねらえ!』があるが、おそらく本作へも強い影響を与えたのであろう。
地球から遠く離れたシリウス・アガルタの雨に打たれ、ノボルと過ごした地球の日々を思うミカコ。メールが届くのは8年先と知りつつも、指はキーを叩き続ける。ミカコが呟く『とどいて』という言葉は8年後のノボルが自分のメールを待っていてくれないかもしれないという不安。その後に訪れるタルシアンとのファーストコンタクトは如何ようにも取れる内容だけど、ぶっちゃけ僕は単なるアリバイ作りというか言い訳程度の意味と思ってる(笑)。意味があるとすれば、対話自体がタルシアンを正体不明な存在ではなくて、コミュニケーション可能な存在として位置づけるというところか。ミカコとノボル・ミカコとタルシアン・人類とタルシアン、入れ子状に補完しあう物語の骨格。けれどもその対話はタルシアン艦隊の襲撃により打ち切られ、ミカコは叫ぶ『わかんないよ!』。
シーンは一転して地球・24歳のノボル。醒めた眼差し、壁に掛けられた軍服、傷だらけの携帯が迷いながらも諦めなかったノボルの月日の重さを物語る。そこへ着信音。まぎれもないミカコからのメール。確かにとどいたのだ!静かなピアノのイントロから主題歌が始まり、アガルタで戦うミカコと8年後の地球のノボルの思いがシンクロする。互いに伝えたい事は只ひとつ、『ここにいるよ。』当たり前の言葉がこんなにも胸を打つのはなんでだろう。
確かに25分のアニメーションを殆ど独りで完成させたということは凄いのだが、本作の驚くべきはその事実がなくとも、間違いなく優れた作品として人々の記憶に残るなんだと思う。けれど、「携帯メール」と「遠距離恋愛」という現代的で身近なモチーフに「恒星間通信」と「ファーストコンタクト」という古典的なSFのモチーフを組み合わせたストーリーは、おそらく現代のシステマティックなアニメ製作現場で手掛けられれば骨は削ぎ落とされ、余計な贅肉が付与されるに違いないだろう。また、製作当時の新海誠が感じた、携帯メールでのコミュニケーションの間にある嬉しさとか切なさとか歯がゆさとか色々な感情は集団作業の現場ではもっとノイズが混じるだろう。過去に個人製作のアニメーションが無かったわけではないが、こういった現代的かつ個人的なモチーフを盛り込み、なおかつ商業アニメに比する高いクオリティを持つ作品は他に思い浮かばない。
もしアニメーションに少しでも興味があって、この作品を未見の人がいたら是非見てもらいたいと思う。それは別に日本のアニメ作家は宮崎・押井だけではないと訴えたいとか、日本アニメ史上に残るエポックメーキングな作品だからとかじゃなくて、ただ面白い、それだけの理由だ。
余談だが、今年は宮崎・押井・大友の巨匠がそろって作品を発表するアニメ映画の当たり年と言われているが、個人的にはその3作品よりも新海誠の新作『雲のむこう、約束の場所』と出崎統が久々に手掛けるプログラムピクチャーでない劇場新作で青春映画『Air』の2作の方が比べ物にならないくらい楽しみだ。
という訳で次のバトンは、20年来の友人にして新入りはてなダイアラー(笑)の加野瀬未友(id:kanose)に廻します。受け取り拒否は許さないからな。『下妻物語』の時のリベンジだ!

*1:もちろん25分の中で重要でなシーンなど殆どないのだけれど